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万華鏡との関わりについて

私は40年以上の間万華鏡に関連したプロジェクトを続けています。

​その間に考えたこと、展覧会でのご挨拶、識者の方から頂いた文章などをここに掲載いたします。

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事物の中のもう一つの宇宙像

  レンズや鏡の特性を追求し、自然の複雑な形や色彩の再現を、さらに一歩踏み込んで表現して来た芸術家や科学者の想像力には、肉眼で把握される世界を超えた、自然や事物の全く予想もし得ないような小宇宙への接近があった。

 田中茂氏の「COSMORAMA]と題された連作は、高解像度カレイドスコープが作る視野の増感を、幾何学やトポロジーといった科学の眼によって整合し、独自の結晶宇宙を表現する写真である。

 自ら製作した大型カレイドスコープと魚眼レンズを組み込んだ手製のカメラは、自然の形態を把握するフラクタル幾何学やエッシャーのトポロジカルな超現実絵画、さらにイスラム寺院の複雑な建築空間やH・R・ギーガーの生体機械までを対象とする鋭敏なカオスを表現する。

田中氏が鏡とレンズの助けを借りて作り出す宇宙の全体は、まさにその一部分である実際の事物の原型パターンに全ての始まりがある。 草花や趣旨、鉄やプラスチックなど、様々な形をセットした部分パターンがどのような全体を生成するかを、田中氏は経験視野で予測する。

通常の鏡では光の反射率が低いため、この万華鏡に使われた鏡は特殊な表面鏡であり、その反射率は96%にも及ぶ。そうして反射、反復された部分パターンが、スカフェリカル(球形)な鏡面映像へと全体化する階層は、コンピューターグラフィックスでも困難な幾何学を織りなしている。

博報堂写真部を経て、フリーで広告写真を主な仕事として来た田中氏の「COSMORAMA」連作は、自然や事物のもう一つの宇宙を見過ごさないための視点を発見し続けてくれるはずである。

 武邑光祐 

 日本大学講師  (アサヒカメラ1989年8月号)

都市の肖像

 

都市における機能の仕方をコンピューターに例えてみよう。

私はソフトウェアの一つになって複雑な神経細胞となった道路を移動し、

情報を与えられ、処理し、ほかのソフトウェアに伝達する。

私の思考や行動は、実ははるかに巨大なシステムの一部にしかすぎない。

 

都市は一つの生体でもあるように思われる。

美しさと醜さを、生長と老化を合わせ持ち、進化する。

何を目的に進化するのか、はたして目的があるのか...。

 

生体を構成する部分は、たいてい何かの目的や役割を持っているが、

それぞれの部分が、それぞれの目的や役割の全てを理解しているとは思えない。

同じように私たちもさまざまな生き方をしていながら無意識に、

都市という生体の一細胞の役割も果たしている。

 

生物の本能が遺伝子によってコントロールされているという学説のように、

それぞれの都市には独特の個性や意思のようなものがあって、そこに住む

ものは無意識にその影響を受けていると強く感じることがある。

多くのカメラマンがそのテーマに都市を選んでいるが、その選択には

都市からの意思が込められているかもしれない。

 

今回の作品も始めからこのようなスタイルがあったわけではない。

都市に生まれ育ち、都市で暮らしている私が、その環境からの情報に

影響されながら、偶然に発生して、かたちになったものだ。

それは少年時代に建築家を志していた私の心の中の建物への憧れが

結晶化されたものかもしれないし、都市が私という存在を使って

描かせた肖像画の一つかもしれない。

結晶年TOKYO展 1998
 

結晶都市NEWYORK展 2004

「水の存在を誰が発見したのかは分からない。が、魚でなかったことだけは確かだ。

対象の外側にいなければ、あるいは距離をおいて体験できなければ、その対象の意味は

つかめない。」

ライアル・ワトソン

 

 

1998年に発表した結晶都市TOKYO篇を製作している時から、TOKYOは生まれ育った場所

であるが故に、その本質がつかめていないのではないかという疑問がありました。

その疑問を解決するために、あるいはより深めるために他の都市で同じことを試してみたくなりました。

そしてNEWYORKプロジェクトが始まりました。

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